東京高等裁判所 昭和37年(う)337号 判決
被告人 中田政雄
〔抄 録〕
よつて案ずるに売春防止法第一二条による処罰の対象が、売春をさせることのみを業としたもの、即ち従前の遊廓その他これと類似の施設を有するいわゆる赤線区域等が典型的な場合であるけれども、同条の規定の趣旨に鑑みれば、本来売春をさせることのみを業とするものでなくても、例えば芸妓置屋、料亭、バー等を本業として経営している者が抱えの芸妓、或は住込の女中その他の従業婦をして継続的に売春をさせ、これによる収益が芸妓の抱主または右従業婦の雇主本来の営業に基く収益と同様、主要な収益となつている場合、或は右芸妓、女中その他の従業婦による売春が、本来の営業に対する客寄せに利用せられ、これによつて営業上の収益の増加を図る等、いうなれば売春をさせることが寧ろ営業の一部とも見られるような場合、換言すれば、営業の実体が芸妓置屋、料亭、バーの営業と抱え芸妓、住込の女中その他の従業婦に売春させることが表裏一体をなして行われているような場合も、同条にいわゆる「人を自己の占有する場所に居住させ、これに売春させることを業とした者」に該当すると解するのが相当である。
飜つて記録を精査し、当審における事実取調の結果をも併せて検討すると、被告人は昭和三六年九月二六日まで熱海市西山七五〇番地の肩書住居において長女中田照子名義で芸妓置屋を営み、実際の経営一切は被告人が責任者となつてこれに当つていたこと、原判決別表記載の後藤治子ほか四名の婦女を抱え芸妓として右肩書住居に居住させ、個人別に定めた一定の金額を看板料という名目で右後藤治子らより徴収し、個人別に作成せられた各封筒に入れて被告人がこれを保管し、毎月々末に右芸妓らに対する食事代、衣裳代等の出費と精算してその間において収益を挙げていたこと、右芸妓置屋を営む旁ら、検番または旅館を通じ宿泊客からその相手となつて売春をする芸妓の註文を電話で受けると、被告人は前記五名の抱え芸妓のうちから被告人がこれを指名して客の宿泊先に継統的に派遣していたこと、被告人が右芸妓を派遣する際は常に普段着の侭で行くことを奨め、時に宴席で直接客がつくことがあつても、被告人に電話で連絡があるとか、或は一旦帰宅して普段着と着替えた上で外泊と称して外出するため、後藤治子らが売春することは被告人において十分察知していたこと、被告人が前記のように派遣する芸妓を指名した際何らかの理由で難色を示すと、被告人の気嫌を損することとなり、その芸妓らと口を利かないようになる実情にあつたこと、芸妓らの正規の線香代が被告人の収入となることは勿論、同人らが売春によつて得た金員はすべて被告人に手渡し、被告人は右線香代と共にこれを前記封筒に入れて保管し精算に際しては線香代と区別することなく不可分のものとして精算していたこと、従つて芸妓らの上げる正規の収入のみではこれまた被告人の不気嫌を招くことが常であつたこと、芸妓らの売春の相手方が馴染客であつて芸妓らが特に多額の金員を入手したときは、鰻代と称して五〇〇円ないし一二〇〇円位の金員を別に被告人に与えていたこと、被告人は予てから前記後藤治子らに対し、売春に際してはサツクを使用し且つ毎月五、六回は病院で検徴を受けることを勧告していたこと及び特に平素から売春に関する記帳等をして証拠となる帳面等を残さないように同女らに注意を与えていたこと等が認められるのであつて、以上の各事実に徴すれば被告人の本業は所論のように芸妓置屋ではあるが、芸妓名義で前記後藤治子ら五名を自己の占有する肩書住居に居住させ、客の求めに応じて右抱え芸妓を旅館に派出し、泊り代(売春料)を得て、もつて売春することを業としたものといわざるを得ないのである。さすれば被告人の本件所為に対し売春防止法第一二条を適用処断した原判決には、所論のように法令の適用を誤つた廉は更にないから、論旨は採用することができない。
(小林 松本 太田)
註 本件は量刑不当で破棄